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きもちわるいものはきもちいい

ついに、『ユリイカ』に大森靖子さんが特集される日がきた。この時を待っていた。
ずっとずっと夢だった。

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私は月刊誌『ユリイカ』を編集する立場でも販売する立場でもない。ただの一読者である。毎号買っている雑誌というわけでもない。だが『ユリイカ』に個人的な思い入れがある。(以下『ユリイカ』の『』は外す)

高校生まで小説なんて一冊も読まなかったのに大学生以降、「ゲイジュツ」に精通しているのがカッコいいという意識があったのか文学や映画に俄然興味を持ち始めた。男子と話した時に馬鹿にされたくない負けたくないという変な対抗意識もあり、遅咲きながら知らない領域を知りたい欲が急激に湧いた。でもお金がなかったので名画座のオールナイト上映を観たり大学の視聴覚室に浸ったり、授業をさぼって図書館で気になる本を片っ端から読んだ。図書館でユリイカの存在を知り、「詩と批評」と表紙に書かれているの何かかっこいいなぁという単純な気持ちで初めは手に取ったが、読んでみると作家や映画監督のことが複数の専門家により解かれていてなるほどなと感心しっぱなしだった。ユリイカで初めて知る人もいて一層好奇心が掻き立てられた。当時の私には千円以上する雑誌は高かったので名画座にも行けなくなった金欠時は図書館の日当たりのいい席で「貸出不可閲覧用」の押印がされたユリイカ最新号を読むのが楽しみだった。

ゼミにこそ入らなかったが大学で好きな教授がいて、その先生の芸術論の授業がとにかく面白かった。その授業は履修してる学生数が数百人で初回の講義室の埋め尽くしようからこれはすごい授業なのかと思ったが、二回目から来る人が激減し、見渡して数えられるほどの人数になり、あとはいつも同じ人が大体同じ席に座って聴いていた。先生の話は面白いのだけど脱線も多く、世の中で売れている作家や芸術家をたまにひどく貶し、何の話をしているのか分からない時もあった。雨の日は先生が来なくて予告なく授業がなくなった。飲み会は絶対来ないとゼミに入っている子が教えてくれた。
その先生がゴダールも金井美恵子もヘンリー・ダーガーも教えてくれた。期末に提出するレポートは書く時間がありませんでした、と学部と名前さえ書いて出せば合格点はあげると先生は言っていて、多分それが履修学生数の多い一番の理由だったのかもしれない。逆に最高評価(5点)は出ないという噂があり、レポートをちゃんと書いてもいつも合格点しかくれなかった。でもたった一度だけ最高評価をいただいた。本当に嬉しくて、他の授業は落ちようが評価が悪かろうがどうでもいいなと思った。その時のレポート課題は確か「芸術とは何か」で、今読み返すと稚拙で読めたものではないが、先生の言っていることはこうではないかという自分なりの解釈をレポートなのに手紙のように書いた。

先生はいつも、
「芸術は一番無駄なもの。だが我々人間が自然災害や死など人間の力ではどうしようもできないものに対峙した時、芸術や信仰がその防波堤となる。結局最後に残るのは芸術だ、映画や音楽や文学は生活と一番遠い存在であるようで我々と切っても切り離せないものだ。」

「例えば昔、風を防ぐために窓を作った。ガラス一枚隔てた向こう側は暴風が吹き荒れている、けれどどうすることもできずただ窓の内側でじっと待つしかない、すると次第に神様に天気の回復を願うようになり、窓に絵を描いたり装飾を施すようになる、これが芸術だ。」

記憶で書いているので少し違っているかもしれないけれどそのようなことを言われていた。
芸術とはそういうものなのか!最も無駄なものが最も意味がある!とパズルが嵌ったように腑に落ち、今後これを大事に生きていこうと決めた。そして先生がユリイカで時々寄稿されているのを後から知った。

大森靖子さんに出会った時、芸術だ!と先生の言葉が浮かんだ。
「青い部屋」を初めて聴いた時、耳を通って入ってきた美しい世界に頭が真っ白になった。「青い部屋」のライナーノーツにあの時授業で知ったヘンリー・ダーガーのことが書かかれているのを読んだ瞬間、ダーガーの描く戦う子ども達や黄色やピンクの鮮やかな色彩、誰にも見つけられなかったダーガー自身が走馬灯のように脳内に押し寄せ、ああ、今つながった、あの時感心していた自分、馬鹿みたいな必死さで「ゲイジュツ」を追いかけてユリイカを読んでいた自分につながったと泣いた。大森さんがいつかのラジオで「きもちわるいものはきもちいい」とおっしゃていて、似た発言を何度かされていたのも、あぁ私の大事がここでもつながったと感動した。

大森さんの歌う言葉が好きで聴く度に心が解体する。まだ特集されていないと知ってからユリイカ大森靖子特集をずっと夢見ていた。この人やあの人が特集されるのに大森さんが取り上げられないのが悔しかった。お金がなかった私のそれまで偏狭だった世界がぐんと広がったように、高校生や大学生が学校の図書館や公共図書館に置いてあるユリイカを手に取り、大森靖子さんの存在を知り、大森さん以外の他の音楽や映画も好きになる、生きている世界が少しは面白いと思える、それってすごいことじゃないかと思った。SNSの方が影響力がある、ユリイカが何だ、最近の特集が理解できないという人も中にはいるかもしれない。でも私にとってユリイカは、未知の領域を知りたい、吸収したい、男子に負けたくないと今ではあり得ない程の異常な熱量で目を見開いていた自分を一つの過去として残すための大切な雑誌だ。

夢が一つかなった。
ありがとうございます。一人でも多くの人に読まれますように。

本屋で他の文芸誌と一緒に平積されているのを見て感無量になった。ドキドキしてまだ中が見れないので心が落ち着いたらそっと表紙を開いてみよう。




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by fukadaumiko | 2017-03-28 12:33 | | Comments(0)

あ、アナログシンコペーションしてる

ラジオ「よなよな」で大森靖子さんの「ドグマ・マグマ」を初めて聴いてから、
「世界が消えてった夜も “世界が消えた”ということもあった」
という二行の歌詞についてずっと考えていた。

なぜここで一見似た歌詞が繰り返されているのか、強調なのかと最初は感じた。何度も聴いているうちに、もしかするとこうかもしれないという仮定が頭の中にぼんやりと浮かび上がってきて、輪郭がだんだん明確になり自分なりの結論を出した。さてそれを文章化するのか、どうアウトプットしようか迷った挙句、結局一番伝えたいのはご本人だと思い、稚拙ではあるが手紙に書いてリリイベの時にお渡しした。

いつも一緒に大森さんのライブに行くメンバーが久々に揃ったリリイベの後、いい感じの食堂で煮込みとビールを胃に納めながら大森さんについてあれこれ話し、それでもまだ「大森靖子不足」だったので歌が好きで上手な後輩(男)に大森さんをひたすら歌ってもらおうとカラオケに向かう途中、歩きながら「世界が消えてった夜も “世界が消えた”ということもあった ってどういうことだと思う?」とふと聞いてみたたが明確な答えが返ってこなかった。手紙に書いたけれどまだ誰かと話したいという気持ちが強かった。 

そう思っていたら数日後、ツイッターやブログ上で同じようにこの二行について考えて解釈を書かれている方を見つけ、仲間を見つけたように嬉しくなった。私よりはるかに深い考察をされていたり、全く別の捉え方をされていたり、どの解釈も自分の解釈と似ている所もあれば全く違っている場合もあり、なるほどなと感心し興奮を覚えた。他の方に比べると私の解釈は浅く、上に大森さんが作詞に込めた想いとかけ離れているかもしれないが、それでもこれが私の体内で反芻され出てきたものなので壊さず大事に置いておきたい。
以下「私の」解釈。

最初の「世界が消えてった夜」は、「消えてった」という口語体から主観性を強く感じた。「夜」という限定的な時間からも、ここではベクトルは内側に向けられ、我々個々の「世界」が消えたこと失われたことを指すのかなと解釈した。好きな人に裏切られた、守ってきた価値観が踏みにじられた、大切な人を失った、信じていた方法では通用しなかった、それぞれ存在していた個の世界の喪失。

一方で後の「“世界が消えた”ということがあった」は“世界が消えた”とあえて“”で括られ、「ということ」と書かれているのが神話や歴史上の出来事のように客観性を帯びている。自己の限定された対象に向けられていた視点がここで一気にぶわっと外側の世界へ広がったと私は思った。客観的な世界とは何か、それは例えばテレビをつけた瞬間ニュースで見かけるどこかの知らない自殺した青年、親に殺された子どもが持っていた「かつてあった世界」であるかもしれないし、あるいは生命の存続にかかわらず、人類が生まれてから現在に至るまで「かつて存在したが失われた全ての世界」のことを指すのかもしれないと思った。当人以外にとっては無関係の「世界」。歴史の授業で「戦によってある国が滅びた、何人が死んだ」と聞いても実感のなかったその感覚で私達は今も他人の、自分以外の「世界」が消える様を傍観している、あるいは消えたことにも気が付かない。

どちらの「世界」も間違いなく「存在した」んだ、決して忘れるなと「世界」を消した、消された、そしてそれにも気が付いてない者達イコール地球上全ての人間に告げている、と想像して震えた。

私は別の視点から見た異なる世界として捉えたが、そうではなく時間的経過により「世界が消えた」ことに対して心理状況が変化したということだと書いている方がいてなるほどな、と深く頷いた。そうかもしれない。

これはあくまで個人的な話だが、私は出産してから普段目にするものや接するものへの見方が確実に変った(と少なくとも自分では思っている)。特に人間への興味が物凄く、殺された人の記事や交番の前に掲示された「昨日の交通事故者数」を見た時、なぜか以前より気になるようになり、その人はどんな人だったのだろう何が好きだったのだろうと考える時間が多くなった。道を歩いてる他人や知らない人のブログやツイッターへの関心も以前より強くなった。それは多分今までは自分という存在が一つしかなく、自己だけ見つめて生きていれば万事快調オールオッケーだと思っていたのが自分の遺伝子を持った人間が突然(というほどではないが突然)登場したことにより、自身の目でもう一人の自分(=子ども)を見ているような感覚になった。自己意識の届かない場所に自分が存在するのが日常になり、他人にも自分を投影し重ねて考えがちになっている。
だから私は「“世界が消えた”ということがあった」を先述のように解釈したのかもしれない。

大森さんが新生姜ライブの時に「虐待されて殺された子どものことをニュースでやっていて、その時テレビに映った殺された子どもの洋服が自分の息子が着ていた服と同じでたまらなくなった」というようなこと(一字一句正確ではない)とおっしゃっていたのが忘れられない。大森さんは出産を経ても何も以前と変わらないかもしれない。母になるとこうなる、と書いてあることの大抵はいい加減なので私には分からない。

ただ、私が「ドグマ・マグマ」を聴いて歌詞を考え、他の方の解釈を見聞きしそれを受けて更に考えられるのが今現在でよかったと思っている。子どもが寝た後、ツイッターで「世界が消えてった」で検索し、色々な方の解釈を読んでいたら、それぞれが異なる意見を持っているのに最終的に向いている方角は同じ気がして、あ、アナログ・シンコペーションしてる、今まさに!と夜中に気づいて叫びそうになった。

ながーい独り言、終わり。

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by fukadaumiko | 2017-03-22 23:14 | 思いつき | Comments(0)


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